番組は「視聴者代表vs番組制作者代表」という構図で進めら、メーンゲストの5人が中心というわけではなかったのだが、視聴者、制作者、ゲストを問わず、私が思った以上に、50代以上の参加者がネットの基礎知識をもっていないことに愕然とした。単にネットを使ったことがない、というレベルだろうか。
メーンゲストも私以外は糸井さんも含めて全員60歳以上、制作者代表も半数は50歳以上。
別に年代と知識は連動しないのだが、発言内容をみると、ネットのことを知らない、あるいは使ったことがないことを露呈しており、かつ、分からないが故に嫌悪しているような響きのある発言すらもあった。
そういう人たちが多数派というなかでの討論なので、話が噛み合わないと言った方が正しいだろうか。
図らずもネット業界代表のような立場になってしまった私であるが、なにしろ生放送なので、機会を逃さないように発言するのが大変であった。
番組では、視聴者代表の意見を制作者にぶつけながら、制作者側の意見を聞き出していく手法がとられた。
視聴者代表の意見には「番組の内容がくだらない」とか、「視聴率を気にしすぎる」「広告主に媚び過ぎだ」、あるいは「報道内容に偏りがある」といった感覚的な内容が多く、これらを制作者にぶつけて時間を使っていたのが少しもったいないと感じたが、それが大衆感覚なのだろうか。
もともと広告モデルである民放が広告主を気にするのは当たり前だろうし、教育的に価値ある番組ばかり作っていては放送設備の維持すらできないという単純な事実さえ理解できない人もいるらしい。というか多数のようであった。
http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMIT33000024032009&landing=Next
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本コラムでは、番組本来の趣旨「若者がテレビ離れし、ネットに流れているなか、テレビはこれからどうすべきか」というテーマに関して、気になったことをまとめてみたい。
まず、多くの参加者が「テレビ=テレビ受像機と放送」という捉え方をしていたが、人気番組はDVDにもなれば、映画上映されるものもある。つまり「テレビ」とは箱としてのテレビなのか「番組」(コンテンツ)なのかが、人や発言によってバラバラであり、曖昧だった。
また、ネットを使ったことがないと思われる人を中心に、「テレビ=マスメディア=良識ある報道、精度の高い情報」対「ネット=個別メディア=無責任でいい加減な情報」という構図で話したがっていた。メーンゲストですら「ネットにはいい加減な情報が…」というような発言をしていた。議論すべきなのはテレビがこれからどうネットを使うのかという点であって、ネットの中のいい加減な情報について語る場面ではない。ネットに対するあまりの認識不足に、正直悲しい気持ちになった。
制作者の方々の現状への危機感が薄いように感じた。例えば、決まった時間にテレビを見るということが今後減っていくと答えたのは、制作者9人のうち、わずか1人。残りの8人は今後もタイムテーブルに合わせて視聴者が番組を見てくれると思っているようだった。
視聴者代表が言っていたような「昔と比べテレビ番組の質が下がっている」という話では決してない。
単にテレビの他に面白いことがたくさん出てきているのだ。テレビしか娯楽がなかった時代ではないのだから、必然的に、決まった時間にしか見られない番組は敬遠される、というか相手にされなくなる。
絶対価値が変わっていなくても比較優位性が薄れているということに、テレビの制作者たちが感づいていないことは正直ショックであった。
民放連会長の広瀬道貞さんが「確かに若者のテレビ離れは進んでいるが、その分高齢者の数は増えており、全体として視聴者数は減っていない」と発言された(広告主の多くは「F1」「M1」といってメーンターゲットを若者にしているにも関わらず!)。
フジテレビのきくち伸プロデューサーが「制作者としては見てくれる人が増えるのであればその方が嬉しい」と言ってくれた(その他の方はむしろ決まった時間に見てほしい、という意見が大勢だったけど…)。そして、嶌さんが「ニュースとスポーツこそテレビに向いているコンテンツだ」と言い切った(つまりマスが関心のある即時性のあるコンテンツ以外はネットでもいいということか)。
最後の方は「テレビはもっと自信を持たなければならない」「視聴者に迎合し過ぎず、制作者の意志を出していくべきだ」「なくてはならない存在なのだから、今のまま頑張ろう」というような締めになったようだ。
糸井さんが「それでもテレビはあったほうがいい存在だから」という、さすがうまいと思わせるコメントで幕引きになった。
今回は生の討論番組で、しかもゴールデンタイムだったので、このメンバー選択はよかったと思う。が、もしこれが政府主催の研究会や懇談会、あるいは諮問委員会だったら、と思うとぞっとする。つまりネットに対する誤解や、基本的に「使ってない」人たちがメンバーになっていると話が全く違う方向にいったり、本質的な議論にならないということだ。
よくある政府関係の集まりでは、バランスをとると称して、いろいろな立場の人をメンバーにするのが常道だが、ことネットに関する限り、使ってない人には全く分からない利便性、効能をきちんと議論する必要がある。
特に、未来に向かって「これから」を論じるときには、今あるものを廃止したりなくしたりするわけでない限り、新しいものを理解できずに恐れている人を議論に入れるのは意味がない。
今回の番組のなかでも「パソコンの操作が分からない」「オンデマンドになったら何万のコンテンツから何を見たらいいか分からない」「高齢化が進むのでますますネットを使えない人が増える」という視聴者代表の意見が相次いだが、そういう方々は今のまま番組表に基づいてテレビを視聴し続ければいいわけだ。少なくともテレビの「これから」を議論する際に重要な要素とは思わない(配慮は必要だけれど…)。

